【キーワード集】マシュー・バーニーの最新フィルム作品『リダウト』(2018)



2019年ハロウィンの夜、最新のフィルム作品『リダウト』(2018)を日本プレミア公開。すると、チケット完売、満席、大入りとなりました。翌日、日本プレミアのアンコールも満員御礼。残券ゼロの大盛況でした。


2020年1月の東京都写真ホールを皮切りに、大阪のシネ・ヌーヴォ、京都の出町座で上映して、東京凱旋では、伝説的フィルム作品『クレマスター』サイクル全5部作(1994-2002)、ビョークと協働のフィルム『拘束のドローイング9』(2005)も含めたマシュー・バーニーのフィルムを合計7本も上映する予定でした。


ところが、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、東京都写真美術館が閉館。上映会も延期(一旦中止)です。いつ再開して、いつ上映するかを検討中です。


そんな中ですが、最新フィルム『リダウト』のキーワードを紹介して参りましょう。


既に、ご覧になったお客様は、謎解きにお役立て頂ければ幸いです。これからの皆様は、前知識になるかも知れません。日々、少しずつ追加して、合計で9つのキーワードを紹介してゆきます。


原典は、2019年9月28日〜2020年1月12日、北京のUCCA Center for Contemporary Artで開催した「Matthew Barney: Redoubt」展で無料配布のグロッサリー(用語集)となります。

元の英文も併記します。得意な方からの校正、ご意見は歓迎です。お気軽にご連絡をください。


キーワード#1:アイダホ

アメリカ合衆国50州のひとつ。広大な土地の東部にロッキー山脈が連なり、その辺りは国内屈指の山岳地帯となっている。

アメリカで3番目に広い州で、390万エーカー(約158万ヘクタール)は自然のままの荒れ地。州の6割以上は公有地である。

州都のボイジーで、マシュー・バーニーは育った。1970年代から80年代をアイダホ州で過ごした彼は、その隔離された感じに突き動かされた。

曰く、「当時は今よりもっと孤立感が強くて、山の向こう側で何が起きてるのか気になる10代の自分には、それこそ大きなものだった。」

このキーワード集で後述する「オオカミの再導入」(オオカミが絶滅した地域に、人手によって再びオオカミの群れをつくる試み)など、アイダホ州固有の事柄は神話的な意味合いを感じさせる。

マシュー・バーニーの最新フィルム作品『リダウト』(2018)は、ある意味、アイダホ州やそこに宿る力のポートレイトといえよう。個展「マシュー・バーニー:リダウト」を企画したキュレーターのパメラ・フランクは、以下のように記述している。

美しいが、同時に問題を抱える所。破滅、そして再生の両極を持つ所。完全なる孤立に駆り立てられ、実際にそう動いている。しかし、自然的な要素と人間的な物語が両方向から交錯する所。

そのような所として、マシュー・バーニーはアイダホを描いている。



キーワード#2:リダウト

英単語の「redoubt(リダウト)」には、いくつかの意味がある。それぞれ別の意味だが、何をおいても、まずは軍事的な要塞(ようさい)だろう。

敵の攻撃を防ぐために、土で築いたような仮設の建造物を「リダウト」と呼ぶ。

それから、物理的な要塞(ようさい)の比喩としても使う。例えば、他人には入り込めない、個人の心理的な領域を「リダウト」という。

外部からの影響を受けず、昔ながらのイデオロギーや宗教、文化が根強く残る場所や地域を指すのにも、その単語が用いられる。

さらには、ある政治運動を指す言葉でもある。マシュー・バーニーは、その意味を重視したようだ。

「リダウト」または「アメリカン・リダウト」という運動がある。サバイバリスト、つまり分離論者による主張だ。

アメリカ西部の土地を広々と使い、人口密度の低い状態を保ちながら、移住を推し進めようとするもの。その一帯に、極右に分類される原理主義的な信条を守り抜くコミュニティをつくろうとしたのだ。

その主張に賛同する者は、アメリカ文化は荒廃し堕落した、と信じ切っていている。だから、見た目からして純朴で、より道徳的な人生を送ろうと、アイダホのような田舎で電気や水を自給しながら暮らしている。

物理的にも、心理的にも、観念的にも、そのように外部から一斉に切り離された状態。それに対して、マシュー・バーニーは関心を持った。そうした特殊性を大枠としてとらえ、いかにアイダホ州ソートゥース山脈の辺りに広がる様々な関係性を描けるか、と考えたのだ。



キーワード#3:ディアナとアクタイオン

アイダホ州の中央部に位置し、外部から閉ざされたソートゥース山脈の一帯。

マシュー・バーニーのフィルム作品『リダウト』(2018)は、そこを舞台にしている。古代ローマ神話「ディアナとアクタイオン」を参照しながらも、その神話を別次元に昇華させたのだ。

「ディアナとアクタイオン」は、帝政ローマ時代の詩人、オウィディウスによる「変身物語」の第三巻に収められている。

物語では、猟師のアクタイオンが、知らぬ間に小さな洞穴に迷い込んでしまう。そこでは、処女神にして狩猟の女神、ディアナが水浴していた。

突然の辱めに激怒した女神は、あ然とする猟師に水しぶきを浴びせ、彼を鹿に変えてしまう。鹿になった猟師が、自分の獣猟犬に噛みちぎられる話だ。

その神話を題材にした西洋美術は数多くあれど、マシュー・バーニーの『リダウト』が新たな物語に仕上がったのは、配役に負うところが大きい。現代的かつ、少しばかり政治的である。なにせ処女の女神を演じるのが、全米ライフル射撃チャンピオンのアネット・ワクターなのだから。彼女がアメリカ森林局のレンジャーを追跡する設定になっている。

マシュー・バーニーは、旧作でも神話や民話の類を作品の下敷きにしている。伝説的フィルム作品『クレマスター』サイクル全5部作(1994-2002)や6時間の映像オペラ『リバー・オブ・ファンダメント』(2014)でも、そうした。

彼にとって、神話は船のような器に相当する。ストーリーを重層的に紡いでゆくにあたり、必要不可欠な器なのだろう。



翻訳: アンジー・ナオコ

編集:鈴木朋幸


令和2年度 文化芸術活動の継続支援事業



Idaho:

The American state of Idaho is a large expanse of land that contains some of the most rugged mountain ranges in the U.S. Over 60 percent of the state is public land, and with 3.9 million acres of wilderness, it is the third wildest state in the country.


Matthew Barney grew up in the capital city of Boise in the 1970s and 80s, where he was moved by the remoteness of the region. As he noted, “That isolation felt more significant than it does now, and that was a challenge for a teenager interested in finding out what was happening on the other side of the mountain.”

Local issues, such as the reintroduction of wolves discussed later in this glossary took on mythic significance.

Redoubt is in part a portrait of this region and the tensions that inhabit it. As exhibition curator Pamela Franks write, Barney depicts “a place both beautiful and problematic, a place of both extreme destruction and regeneration, a place that urges and enforces utter isolation yet insists on the ultimate interconnectedness of the elements of nature and the shared stories that make up human experience.”

Redoubt

The word “redoubt” has a few distinct meanings. It firstly demonstrates a military fortification, often a temporary or earthen defensive work.

Related to this physical definition is its metaphorical usage, describing a psychological position that one retreats to, or an area where a particular ideology, religion, or culture remains exceptionally strong.

Also salient to the artist is a political movement called the American Redoubt, a survivalist, secessionist campaign that advocates for migration to the sparsely populated American West to create a community that adheres to far-right ideological tenets.

Adherents believe that American culture has become decadent and depraved, and many live off the grid in the countryside of states like Idaho in search of an ostensibly pure, more moral lifestyle.

Matthew Barney is interested in how this multivalent concept, simultaneously connoting physical, psychological, and ideological seclusion, can describe many of the tensions that permeate the Sawtooth region of Idaho.



Diana and Actaeon

In Redoubt, Matthew Barney loosely reinterprets the ancient Roman myth of Diana and Actaeon, setting it in the remote Sawtooth Mountain of central Idaho.

The story comes from Book 3 of Ovid’s Metamorphoses. Actaeon, a hunter, stumbles upon a hidden grotto where Diana, the chaste goddess of the hunt, is bathing. Overwhelmed by rage, the goddess splashes water at the stunned Actaeon, transforming him into a stag, and he is torn apart by his own hounds.

It is a common motif in the iconography of Western art, and in Redoubt, Barney breathes new life into the narrative through its contemporary, subtly political dramatis personae. Here, Diana is played by Anette Wachter, a champion sharpshooter, and her pursuer is a ranger for the US Forest Service.

Barney has drawn on mythology and folklore in many of his previous works, including CREMASTER Cycle (1994-2002) and River of Fundament (2014). For the artist, myth serves as a sort of vessel – an elemental, compelling framework onto which he builds layers of narrative.



マシュー・バーニー『リダウト』

制作・脚本・監督:マシュー・バーニー

音楽:ジョナサン・べプラー

撮影監督:ペーター・シュトリートマン

編集:キャサリン・マケリー

製作:マシュー・バーニー、セイディ・コールズ、バーバラ・グラッドストーン

プロデューサー:マイク・べロン

照明:クリス・ウィジェット

振付:エレノア・バウアー

プロダクション・デザイン:Kanoa Baysa

アートディレクター:Jade Archuleta-Gans

出演:

アネット・ワクター(ディアナ役):ライフル射撃米国代表選手

エレノア・バウアー(コーリング・ヴァージン役):振付師・ダンサー

ローラ・ストークス(トラッキング・ヴァージン役):ダンサー・アーティスト・コントーショニスト(曲芸師)

K.J.ホームズ(電気めっき師役):ダンスアーティスト・歌手・詩人・女優

マシュー・バーニー(銅板彫刻師役)

サンドラ・ラムッシュ(フープパフォーマー役):ネイティブアメリカン・フープダンスのパフォーマー

配給:トモ・スズキ・ジャパン

後援:アメリカ大使館

協力:Matthew Barney、Gladstone Gallery New York and Brussels、Angie Naoko

Matthew Barney, Redoubt, 2018. Production still.

© Matthew Barney,courtesy Gladstone Gallery, New York and Brussels, and Sadie Coles HQ, London. Photo: Hugo Glendinning



マシュー・バーニー

米・サンフランシスコ生まれ。アイダホ州ボイシで少年時代を過ごし、1989年にイエール大学卒業。以後現在に至るまでニューヨーク在住。

学生時代にアスリートだった経験から、アートの中で身体の限界と超越を探究。創作活動の初期より、映像や彫刻、写真やドローイング、パフォーマンスや身体表現とメディアを横断する作品群を発表している。美術界にデビューすると同時にスターになり、1993年ヴェネチア・ビエンナーレのアペルト賞、1996年ヒューゴ・ボス賞など受賞多数。

身体に負荷をかけて素描するパフォーマンス《拘束のドローイング》シリーズを続ける中、記録映像にフィクション的な要素を加えたビデオ作品に行き着く。1994年から2002年までの8年間でフィルム作品シリーズ『クレマスター』サイクル全5章を発表。その5部作のうち3作品で、音楽家のジョナサン・べプラーと協働。

2005年ビョークが出演・音楽で協働したフィルム作品『拘束のドローイング9』を金沢21世紀美術館での個展でプレミア公開。同年「ベネチア映画祭」にも招待された。

ジョナサン・べプラーと共同制作した6時間の映像オペラ『RIVER OF FUNDAMENT』では、監督・制作のほか自ら出演するかたちを取っている。

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)、サンフランシスコ近代美術館(サンフランシスコ)、金沢21世紀美術館(金沢)、ハウス・デア・クンスト(ミュンヘン)など世界各地の美術館にて個展を開催。最新のシリーズ「リダウト」は、2016年から3年間かけたプロジェクトで、彫刻やインスタレーション、フィルム作品などで構成。その個展がイェール大学美術館(2019、ニューヘイブン)で開催され、UCCA(2019、北京)、ヘイワード・ギャラリー(2020、ロンドン)へと巡回。

フィルム作品『リダウト』(2018)は、東京都写真美術館ホールで日本プレミア後、「岡山芸術交流 2019」連携プロジェクトとして岡山のシネマ・クレールで上映。

ジョナサン・べプラー

米・フィラデルフィア生まれ。バーモント州ベニントン大学に在学中の1982年より、独学で楽器の演奏を始める。

多種の楽器を操り、作曲家のルイス・カーラブロ、音楽家のビル・ディクソン、ドラマーのマイルフォード・グレイブスらを通じて音楽を磨く。

リサ・ネルソンや田中泯との協働からパフォーマンスを学び、1997年マシュー・バーニーのフィルム作品『クレマスター5』に楽曲提供。1999年『クレマスター2』と2002年『クレマスター3』でも音楽を担当している。

2003年「越後妻有 大地の芸術祭」にて「つかの間のシンフォニー:丘陵と渓谷のための聖譚曲」を発表し、CDをリリース。

6時間の映像オペラ『RIVER OF FUNDAMENT』(2014)でも、マシュー・バーニーと協働。単なる音楽担当を超え、共同名義とした。

マシュー・バーニーの最新フィルム作品『リダウト』(2018)にも音楽で参加した。

ウェブ版「美術手帖」の記事は、こちら

https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/21388


ウェブ版「美術手帖」による開催延期の記事は、こちら

https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/21408


「岡山芸術交流2019」連携プロジェクト

マシュー・バーニー『リダウト』特別上映のプレスリリースは、こちら:

https://bit.ly/2Qlp1aC

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